2022年03月
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 テレビを観ていると、色んな楽しみ方がある。知人の店が「平成細雪」の舞台で映されることもあるし、取材した寺の一部が映画や大河ドラマの1シーンで撮られることもあった。「あっ、これはどこどこ!」とわかるのもマスコミ関係に籍を置いている特権かもしれない。ドラマでは、よく食べるシーンが出て来るが、これとてフードコーディネーターの仕事の一部。我が弟子は、有名な映画の1シーンづくりに参加し、「料理を作った」と話していた。そういえば、4月初めまで放送中のNHK朝ドラ「カムカムエヴリバディ」に美味しそうなあんこが度々登場する。このシーンづくりに活躍しているのが「吉乃屋 松原」の中西信治さんだ。彼は、この朝ドラにおいて和菓子指導と監修を行っている。私ともいささか関係のある人物なので、今回は中西信治さんについて書くことにしたい。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
朝ドラの好評の裏に、大阪の和菓子職人がいる。柔らか頭で活動する「吉乃屋 松原」店主とは…

朝ドラでも活躍中の多忙な和菓子職人

 

 いつの頃からか、NHK朝の連続テレビ小説(以降を朝ドラと表現)を楽しみにするようになった。昔はおばちゃんの観るものと軽視していたのだが、続けて観ていくと、なかなかどうしてハイレベル。毎日観るだけの価値があると思ってしまった。我が知人は「19時のニュース、朝ドラ、大河ドラマを観るようになると、典型的日本人になってしまう」と笑っていたが、彼もついにそれになってしまったようだ。大河ドラマといい、朝ドラといい、かなりの波及効果がある。その舞台は観光地化するし、取り上げるテーマは流行する。「流石はNHK」と脱帽せざるをえない。

 現在放映中の「カムカムエヴリバディ」は、三人の女性を通して戦前から現在までの世相を含めて描いている。主人公もいつもなら一人のところを、今回は安子編(上白石萌音)、るい編(深津絵里)、ひなた編(川栄李奈)と三代に亘る設定となっているのだ。特に戦前から戦中、戦後を描いた安子編では、彼女の生まれが和菓子屋ということもあってドラマを通して、おはぎやおしるこが出て来た。特にここで映し出されるおはぎが美味しそうとの評判が立ち、街の和菓子屋でもおはぎが売れに売れているらしい。ドラマを観ていた某料理人が「ドラマ内のおはぎは誰が作っているのか?」と尋ねて来たが、実はその背景に和菓子職人が存在することを知っての質問だったろうと思われる。ドラマを撮影する時は、そこに登場する料理をフードコーディネーターが作る。「カムカムエヴリバディ」ではそれを広里貴子さんが担当している。加えて同ドラマは、和菓子が出て来るので、リアリティが必要だったのだろう_、和菓子指導・監修という立場で中西信治さんが仕事を請け負っているのだ。

 中西信治さんは、大阪で「吉乃屋 松原」なる和菓子屋を営んでいる。藤井寺にも「吉乃屋」はあるが、そちらは彼のお兄さんの店。中西信治さんは、もともと和菓子職人になる夢を持っていたそうだが、「継ぎたい」との意志を示したところ、彼の父は大学進学を薦め、大学卒業後には就職をさらに薦めたために、和菓子職人になったのは28歳だったという。中西信治さんは、大阪市大、松下電器産業と歩む中でどうしても和菓子職人の道へ行きたかったのだろう。「会社を辞めて父親の店で修業をしていましたが、サラリーマンをしていた兄が戻って来て継ぐことになったので、私は松原で出店したんですよ」と話していた。

 「カムカムエヴリバディ」の裏方として活躍中の中西信治さんだが、いささか私とは関わりがある。一昨年暮れに、「御所坊」の金井啓修さんから「頭の柔らかい和菓子職人がいないか?」との問い合わせがあり、聞けば、ある企画を行うために探したいとのことだった。そんな事情から私は和菓子職人探しをしていた。色んな所に問い合わせたが、なかなかお眼鏡に適う職人はおらず、投げ出そうかと思っていた矢先に「冨士屋製菓本舗」の北野社長から「曽我さんの思考について行けそうな職人が一人だけいる」との回答をもらったのだ。「但し、彼は本業の他に辻製菓専門学校の講師などもやっていて超多忙。しかも2021年秋からの朝ドラに参加することが決まっているから、暇がないかもしれない」と言っていた。北野社長は「曽我さんがうまくくどけたら」の条件付きで中西信治さんを紹介してくれたのである。電話をかけてみると、すでに2月から翌年の2月までNHKの撮影が決まっているとのことであった。多忙はわかりつつも、「一緒にプロジェクトをやりませんか?」と誘い、有馬温泉「御所坊」で会ったのが昨年の3月_、すでに「カムカムエヴリバディ」の収録がスタートしていた頃である。

 中西信治さんは、そんな多忙中にも関わらず、昨夏には北堀江に二号店をオープンさせ、私とのつき合いや有馬でのプロジェクトも進行させながら、「酒粕プロジェクト2022」にも参加してくれたのである(「食の現場から」第101回参照)。

地産地消を推進する松原の和菓子店

 

中西信治さんの本店は、松原市役所の近くにある。もともとは「吉乃屋」のみの名称だったが、兄の店と区別する意味もあったのか、昨年「吉乃屋 松原」に変更している。出店当初は、店は松原で、工場とは別々だったが、効率が悪いとの理由から2017年に併設できる今の店にしたという。「父親から受け継いだものもあるが、大半は自分で考えたもの。だから兄の『吉乃屋』とは別個なんですよ」と言う。中西信治さんの和菓子づくりは、「和菓子は季節感が大事なんで、それをいかに出すか」がテーマだそう。なのでその根本を成す素材は追求したいと言っている。豆なども北海道の畑を視察し、各々を吟味した上で仕入れるそうだ。彼の話で気がついたのは、極力地元感を出そうとしていることだった。松原は大阪のベッドタウンで、そんなに田畑もないであろうに、地元の農家を回っては直仕入しながら地産地消を目指している。薩摩芋の一種、鳴門金時や紅はるかも市内のものにこだわっているようだ。

「吉乃屋」のオリジナル商品「夢ぽてと」に使う鳴門金時がそれに当たる。地元産鳴門金時を裏漉しし、生クリームとバターで仕上げる和洋折衷のお菓子は、今では看板商品になっている。「松原すぃーとぽてと大福」に使う紅はるかも松原市内で産されたもの。大福の中に焼いて裏漉ししたスイートポテトをあんに仕上げて挿入。中西信治さんによると、「収穫してしばらく置く方が甘みが出る」らしい。じっくり低温で焼き、裏漉しするとの手法を用いるように随所に「吉乃屋」独特のこだわりが窺える。

「まったら最中」は、あんこと皮を別々にし、客が自身で詰めて食べるスタイルに。皮は石川県で焼いてもらい、送って来る。「自身であんを詰めた方が、皮がパリッとして美味しく、あんこの味が引き立つんですよ」と話していた。ちなみに商品名にある「まったら」とは松原の昔の呼び名らしい。こんなところにも地元愛が感じられる。

 「吉乃屋 松原」は、大福類が豊富で、苺大福を始めとする「フルーツ大福」と、宇治抹茶大福などの「彩大福」がある。苺大福は、11~5月まで売るヒット商品。彼の父親がその走りの頃にすでに商品化したものだそうだが、それを受け継ぎ看板商品に成長させているのだ。私も食べたが、苺の存在感が凄く、あんと求肥がうまくマッチしている。

「自慢の求肥を使って幅広く商品化をしたい」のが大福類が増えた理由で、口に入れた時の調和が見事。口内で一つになるよう水分量も調整されている。大福はシーズンごとに替えており、常時15種はあると言うから驚く。

 一菓一笑が「吉乃屋 松原」のキャッチフレーズである。これは創業20周年を記念して考案したもので、「一つのお菓子で一つの笑顔を」という意味がこめられているのだ。中西信治さんが昨夏、北堀江に第二号店をオープンしたと書いたが、これは同業社が廃店を余儀なくされたためにその店舗を受け継いだことによる。

もともとこの地には、古い和菓子屋「村嶋」があった。「せっかくこの場所で商売をやるのだから、前店主の思いも引き継ぎたい」と「村嶋」時代から看板商品だった「春夏冬二升五合」を「吉乃屋」でも作って売ることにした。ちなみにこの商品は「あきないますますはんじょう」と読む。「村嶋」が閉店してしまい、かつての看板商品が食べられなくなってしまうとの客の声や前店主の思いを聞き、作り方を伝授してもらって「吉乃屋 松原」北堀江店限定の和菓子にし、今も販売している。閉店した店の主力商品が、資本が違う新たな店で売られるケースはあまりない。こんな所にも中西信治さんの細やかな心遣いが感じ取れる。

 少々暗めの内容に映った前朝ドラ「おかえりモネ」は、関西人にはウケなかったのか、私の周りではいささか低評気味。それに対して大阪制作の「カムカムエヴリバディ」は、「面白い!」との声が聞かれる。安子編でおはぎの登場が終わってしまい、その後中西信治さんはどう関わるのだろうかと思っていたら、るい編の途中から回転焼きが登場して、またおなじみの美味しそうなあんこが見られるようになった。

おまけに大月るいが、回転焼きをやろうと考える発端になったシーンでは、一瞬だけ中西信治さんが屋台の回転焼きのオヤジとして登場する。私は見たとたん、「エッ!?」と思い、彼に「ドラマに出てますやん」とメールを送ってしまった。すると恥ずかしながらと思ったのか、「あんな屋台のおっちゃんいてないでしょうね」と返信して来た。

かつてのヒッチコックばりに中西信治さんも関わった番組内に一瞬だけ現れた。裏方を知っておれば、こんな面白さも味わえる_、そう思った「カムカムエヴリバディ」であった。

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