2021年01月
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 今年も酒粕プロジェクトの季節がやって来た。同プロジェクトは、関西特有の酒粕文化復活を願って始めたもので、私が企画を行い、その旗振り役を神戸酒心館にしてもらっている。だから酒どころ・灘から発せられたプロジェクトだが、今や神戸の冬の風物詩になりつつあって、酒粕の食材としての認知が東国までも伝わるに至った。いわば酒粕ブームのきっかけを作ったのである。毎年、神戸のシェフ達が面白がって参戦し、ユニークな新作酒粕料理を披露する。今までは神戸に限っていたものを今年は兵庫県下や大阪府下まで枠を広げ、参加を促すことにした。プロに交じってプロジェクトに参加するのが大阪樟蔭女子大学の三回生だ。彼女らは私が教える「フードメディア研究」を受講し、そこから酒粕プロジェクトにやって来る。授業なので当初はお気楽に考えているが、ブレストを重ねていくうちにプロ顔負けの酒粕メニューを生む。頭の柔らかい彼女らだけにいったん発想法を得れば、ユニークなプランが続々と出て来るのだ。今年も例年よろしく若き女性達の挑戦をレポートしよう。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
柔らかい頭と編集的思考法が
ユニークな料理を誕生させる。
「フードメディア研究」から
生まれた酒粕料理の数々

編集的思考法で酒粕を考える

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冬場はやはり温かいものが恋しい。酒粕を用いた粕汁は、関西特有の料理で、古くから酒処である灘や伏見を中心にその文化が培われて来た。6年くらい前は、酒粕が市場から消え、その文化存在すら危ぶまれたのだ。「関西の酒粕文化を絶やしてなるものか!」と始めた酒粕プロジェクトも今年で7年目に入り、今や全国的に酒粕が注目されるほど、酒粕ブームの起爆的役割を果たしている。文化を継承するのは、何もプロだけの仕事ではない。主婦やグルメもその一端を担わなければならないし、何より若い人達がついて来なければ成立しない。若者に酒粕文化を身近なものに感じてもらおうと始めたのが、大阪樟蔭女子大学での私の授業「フードメディア研究」内での1テーマである。この報道については、毎年「食の現場から」で取り挙げているのでご存じの方も多いのではなかろうか。
私は、単に座学で終始することを嫌い、授業内(フードメディア研究)で学生達に酒粕プロジェクトへの参画を促している。食のブームの仕掛けを話し、酒粕ができる工程を教えた上で、個々に「福寿」酒粕を渡し、プロジェクトのエントリー作を考えさせるのだ。酒粕を使った料理を考案するといっても単なる飲食店メニューを考えるのではなく、酒粕の新たな使い方やユニークな酒粕料理、いかにしたらマスコミに取り挙げられてもらえるかなどを踏まえた上でプランニングさせる。まさに広告代理店や企画会社の仕事さながらのやり方を授業内で実践している。私がこの授業を通して教えるのは、編集的思考法。雑誌などの編集者よろしく、情報を集めてブレストし、その取捨選択から答えを導き、そこに色づけを行う形にしていくやり方だ。学生には、「プロジェクトに参加するメニューを考えろ」と言ってスタートしているから編集的思考法に足を踏み入れているとは思わない。だが、次のステージへ駒を進めていくうちにそのやり方が自然と身につき、強いては企画するコツを得る_、私が同大学で教える「フードメディア研究」とはそんな授業で、そこに人に伝えるという視点が加わり、大学=メディア=企業が繋がるようになっている。

甲乙つけ難い女子大生の酒粕メニュー

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今年も21歳の彼女達は、粛々とプランニングを行った。10月初めに酒粕を手渡し、家庭で料理に使ってみる。そこで初めて酒粕の風味を知る学生も多い。そして授業で酒粕メニューのブレストを延々と繰り返していく。料理をそんなに知らない彼女達は、初めは自分の食べたいものを挙げる。最終的に日本料理店(神戸酒心館蔵内の「さかばやし」)に出すと言ってもパスタだの、ティラミスだの、丼だのと初めはお気楽なもの。それを当方は、「面白くない」と撥ねつけながらユニークな思考へと足を向けさせる。このブレストは1~2回では終わらず、何度も行うのだが、すると彼女らはどこにもないユニークな料理が浮かんで来て、やがてプロ顔負けの商品へと辿り着く。今年の授業では、「包み三兄弟」「ほっこり酒粕みそ餡掛け」「源氏と平家と水鳥と…」「酒粕たっプリン」「汁なし粕汁 淡雪仕立て」「五色のお団子~福は恋~」の6作品が生まれている。
11月末に大学内のキッチンを使い、実際にその料理を作って神戸酒心館の久保田副社長と「さかばやし」の幸徳店長にプレゼンした。彼らの評価では「毎年のことながら若い人の発想にはびっくりさせられる。頭が硬くなってしまった大人や常に料理に接しているプロでは考えられない料理を提案してくれる」とベタ褒めなのだ。山本初華、山本葉月、米澤あゆ、櫻木美邑の五嬢が考えた「源氏と平家と水鳥と…」は、金沢の郷土料理「治部煮」をベースに酒粕を用いたもの。灘の酒蔵企画に金沢はおかしかろうと思ったのか、神戸縁りの源平合戦を料理の中で表現している。紅白の白玉で源氏と平家を表し、富士川の戦いで水鳥の羽音に平家が逃げたことから鴨肉を用いて料理した。久保田副社長は「ネーミングが秀逸で、コンセプトも面白い。何よりよかったのは、今の若い子(ジャンキー世代)に関わらず薄味で料理に上品さがあったこと。日本料理店で出すことを念頭に企画しているのがよくわかった」と話していた。

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廣野陽美、南部早希、吉田優希、吉村瑛理子、嶋田志保の五嬢が考えた「ほっこり酒粕みそ餡掛け」は、環境問題にも言及した品。器代わりに炊いた大根をくり抜き、その中に酒粕風味の炊き込みご飯を入れている。上からかけているのは、昨年このプロジェクトから生まれた酒粕みそ(六甲味噌製造所)だ。制作した学生のひとり、吉田さんは「くり抜いた時に出た大根を刻んで味噌に混ぜました。エコ的な発想を随所に入れるようにしています」と説明していた。幸徳店長も「フードロスを考えて作っているのがいい。器まで食せるようにと大根を器代わりにした点も評価大」と話している。炊き込みご飯の方も美味しかったようで「酒粕の風味が利いていた」そうだ。昨今のSDGsをとらえた作品であろう。

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坂本野の子、鳥居咲良、本田梨沙、橋本歩奈、西村朱々香の五嬢が考えた「汁なし粕汁 淡雪仕立て」は、酒粕料理の定番であった粕汁の概念を変えた品だった。粕汁というと、その名の通り汁物なのだが、この料理はそこから汁を抜いて工夫している。汁がないので少し強めに酒粕を入れて具材を煮込み、焚き合わせにした。具材は粕汁と同じだが、ここでは鮭と豚肉をともに入れている。この料理の秀逸さは、コンセプトにある。誰もが「汁なしの粕汁って何?」と思うだろうから一瞬メニュー名を見ただけで目を引くのだ。粕汁から汁を取ってしまったので、象徴的な白さがなくなってしまうと思ったのだろう、あえて焚き合わせに酒粕と卵白を合わせたメレンゲをかけており、それを冬らしく“淡雪”に見立てている。久保田副社長は「上品で、洗練された味」と言い、淡雪で季節感を醸し出した所を評価していた。6作品の中では、最も酒粕の風味が出ている料理だったそうで「酒粕プロジェクトにはぴったり」と評した。
6作品のうち、最終的に3作品が残り、「甲乙つけ難い」との評価から実現性、酒粕の使い方、話題性を重視して「汁なし粕汁 淡雪仕立て」を選んだ。ただこの作品は、メレンゲして出すという点が現場(調理場)泣かせで、加賀爪料理長からすると「ほっこり酒粕みそ餡掛け」の方がいいとのことであった。なのでこの料理も「さかばやし」の2~3月のメニューにすることに決定した。都合二作品が今年度の酒粕プロジェクトの優秀作として商品化するに至っている。幸徳店長は「ともに要予約で対応したい」と言っていたので、2~3月に予約にて受け付ける形になるであろう。

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ところで私の授業での取り組みは、今回で4年目にあたる。2018年時は酒粕プロジェクトの浸透も薄く、まだまだ巷に酒粕が食材として認識されていなかったからか、学生は酒粕自体を知らなかった。一人ずつ生徒に「福寿」酒粕を手渡したときに「コレって紙粘土ですか?」なんて発する者もいたくらいだ。今回授業をするにあたって三回生に「酒粕って知っていますか?」と聞いた時に全員が手を挙げたのには驚いた。しかもそのうちの6割くらいは、何らかの形で酒粕料理を食べている。年々このプロジェクトが拡大され、酒粕が食材として認知されだしたのがこんな所でもわかる。「食の現場から」では、毎年女子大生達の挑戦をレポートしているが、その文章を読むと、彼女らがいかに斬新な料理を作って来たかがわかってもらえるだろう。酒粕をご飯に初めて混ぜたのも彼女らだし、酒粕入りの寿司を作ったのも彼女らだ。授業当初は、お気軽に唐揚げだの、丼だの、アイスクリームだのと言っていた学生も回を重ねるごとにユニークな視点で考え始める。それが今年はフードロスであったりと環境問題に一歩踏み込んだ企画だった。できることなら彼女ら全員を記者発表会に連れて行ってやりたいが、会場などのことを考えればそうもいくまい。今年の発表会には「汁なし粕汁 淡雪仕立て」を考案したチームが出ることになっている。学生のうちから有名シェフに交じって発表するのは大変かもしれないが、この経験がいつかは生きると信じている。

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