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有馬は日本でも有数の温泉地で、鉄分と塩分を多く含む金泉と、無職透明でさらっとした泉質の銀泉が湧く。日本三古湯・三名泉にも数えられ、昔から湯治場として賑わいを見せて来た。有馬温泉というと、目的は旅館に泊まって温泉に浸かる事だが、ここ数年でその意味あいも変化しつつあり、日帰り観光客も多くなってると聞く。それどころか、近年は飲食店も増えて来て、温泉目的だけじゃなく、食事目的に訪れる人も増えている。昨秋、発売した「六甲山・有馬温泉の本」(京阪神エルマガジン社刊)の編集・制作に携わった事もあって最近の温泉街を熟知した。そこで日に日に変化している温泉街についてレポートしたい。有馬でグルメを、有馬で一杯が、このところのトレンドのようだ。

- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
かつての有馬千軒のイメージよろしく、泊食分離が進みつつある



昨年「六甲山・有馬温泉の本」(京阪神エルマガジン社刊)というMOOK本の制作に携った。京阪神エルマガジン社から「有馬に行く用事がありますか?」と聞かれ、「水炊きの逆襲」企画で「御所坊」の金井啓修さんと会う要件があったので「夏頃には頻繁に行くつもり」と伝えたら、「ならば有馬の取材をお願いします」と依頼されたのだ。有馬温泉は仕事絡みもあってよく訪れるのだが、雑誌を作るとなると、その見方も多少変わって来る。おみじみの店や料理人ばかりじゃ情報にならないし、どこか変化がないかどうかも検証しておかねばならない。そのためには、新情報を入手する意味で、有馬温泉観光協会の会長を務める金井啓修さんに案内を乞うしかあるまいと、新しい有馬温泉の魅力探しに出掛けたのである。
コロナ禍以降、有馬温泉は少しずつ変化を遂げている。閑散としていたコロナ禍が嘘のように活気に満ち溢れて、どこの施設も盛況なのだ。特にインバウンド客が目立ち、大型連休や休日以外でも沢山の観光客が犇(ひし)めいている。そんな中で少しずつ変化して来ているのが泊食分離かもしれない。以前から金井啓修さんは旅館の主人にも関わらず、泊食分離を掲げていた。自身の経営する「御所坊」グループでも素泊まりの宿を新たに作ったりしていたし、温泉街にも「有馬小宿八多屋」や、「小宿とうじ」(有馬温泉旅館協同組合が運営)をお目見得させ、従来の旅館とは違った使い方で泊まれるように企画していた。それにはかつて有馬温泉が“有馬千軒”と謳われるくらい賑わいを見せていた時代(江戸末期)をイメージしていたと思われる。当時は“坊”と呼ばれる宿坊の他に“小宿”と称される自炊滞在型の宿があったそう。そんな古き良き有馬温泉を彷彿させようと素泊まりの宿をいくつか設けたのである。これらの小宿にはあえて風呂は設けず、近くにある「金の湯」「銀の湯」を利用するように促している(八多屋は「上大坊」の温泉も利用可)。湯元坂にある「八多屋」の下は、筆や竹細工など有馬らしい土産店やカフェがあってかつての有馬千軒の名残りを醸し出している。それらとは趣が異なるが、2025年9月に新たにできた「花小宿はなれ」は、御所泉源のそばにあってその泉源から最も近い温泉が部屋に引かれている。かつて民家だった建物をうまくリノベーションし、近くに位置する「ホテル花小宿」の離れ(別邸)として使っている。前述したように部屋には金泉があっていつでも入浴できる自由さが特徴。二階建てで二部屋と小ぶりな宿だが、各部屋はフローリングと畳のスイート使用で40平米の広さがある。



食事は「ホテル花小宿」一階にある割烹「旬重」で摂る事ができるのだ。和風ではないが、「有馬玩具博物館」内にある「HOTEL ALGO」(ホテルアルゴ)も泊食分離が窺える宿で、こちらは博物館ホテルの趣が特徴的。四つある部屋は、それぞれ玩具作家の工房のようなディスプレイで、まさに玩具博物館内の施設という感じに。セミダブルベット二つに小あかりの構成で36~38平米と、これまた広い。ホテルには、ボードゲームが200種あって貸し出して部屋で遊べるようになっている。部屋には風呂があるものの、温泉に浸かりたい人は向かいの「金の湯」を利用。食事も二階にハンバーガーレストラン「SABOR」(サボール)があるので、それを利用するのもいい。この「SABOR」がなかなかユニークで、全国各地の温泉街では見られないメニュー組みになっている。ハンバーガーのパティに、神戸ビーフレベルの但馬玄(たじまぐろ)の牛肉を使用しており、ハンバーガーと侮れないレベルに。但馬玄は、国内和牛のわずか0.25%しか生産されていない牛肉で、肉質が同じ但馬牛を素牛にしたブランド牛と比較しても脂の融点が低くてあっさりしている。しかも全ての但馬玄は神戸ビーフの認定を受けているというからそのレベルの高さに驚かされる。こんな希少肉をハンバーガーに使っている所を私は聞いた事がない。ハンバーガーと一緒に食すポテトにもこだわりが見られる。揚げて美味しく食せるじゃが芋を全国各地から探し時季によっては産地も品種も異なるというから年中同じポテトフライが食べられるわけじゃない。ハンバーガーに添えるポテトフライといえどもかなりのこだわりが窺える。「SABOR」では、有馬らしく山椒の塩だれをベースに炭酸煎餅と目玉焼きを挟んだ「銀泉バーガー」や、山椒・花椒が利いた味噌ソースの「有馬辛いバーガー」、但馬玄ロースを畳んですき焼きダレを煮込んだ「但馬玄ロースすき焼きバーガー」などユニークなメニューが目白押しだ。中でも店主・金井康泰さんがイチ押しなのが「ドスチーズクラシックバーガー」でモッツアレラとチェダーの二種のチーズを使い、味噌・ゴマ・醤油・にんにくの和の調味料を施したソースで食べる和風タイプで、殊更日本を旅する外国人には受けがいいらしい。
温泉街に点在するグルメスポットで新たな有馬を発見



有馬温泉には、インバウンド客が目立つと書いたが、彼らにとって少し風変わりに映るのが串揚げ料理店かもしれない。湯元坂から妬(うらなり)泉源の方へ折れ、小径を少し行った所にある「有馬楽膳 桜」は、温泉街には珍しい串揚げ店だ。安価な串カツタイプではなく、素材に一工夫を加え、ストップするまで順次出て来るという高級串揚げ店風の店である。かといって値段は高いかというとそこまででなく、店主の新宅仁志さんによると、「旅館に泊まった翌日のランチ(串揚げランチ8本で2980円)に利用する向きも多い」らしい。新宅さんは、北新地の有名な日本料理店で長年働いていた経歴を持つ。独立にあたって有馬へ来た時に「周りが日本料理だらけで同じような料理では流行らないと思い、温泉街にない料理を模索した」そう。その答えが串揚げで、温泉街には珍しい一軒として今では支持を得ている。ただ彼は単なる串かつ職人ではなく、日本料理の技を有した職人なので「桜」で出す串揚げの一本一本には、和の技術が施されている。例えば牛乳を煮て葛で練ってカシューナッツを入れて作ったかぼちゃ豆腐があったり、自身で山へ分け入って山椒を採って来て自家製ウィンナーに混ぜ込んだ串揚げがあったりと創意工夫は惜しまない。その串々の面白さに海外からの観光客ははまっているようだ。「串揚げというと、衣を食べている印象が強く、油っ濃く感じるのが嫌でした。当店では一番細かいといわれる微粉パン粉を用い、薄衣の天ぷらのように揚げています。だからいくら食べてもしつこくなく、素材感が楽しめます」と話していた。ランチ需要があると話したが、泊食分離が進んで来たのか、夜の店としても認識されている。夜のおまかせコースは5本2840円~で、串揚げは約20種。当然ストップするまで提供が続くシステムになっている。



温泉街で、これまた珍しいのが大阪寿司の店「有馬禅寿司」であろう。温泉地には寿司屋は付きものだが、この店の主流はにぎり寿司ではなく、箱寿司・押し寿司の類い。店主の辻村昭紀さんは、大阪の「や満祢」出身の職人。箱型や巻き簀、布巾などを使って作る大阪寿司は伝統の技で、かつては江戸前のにぎり寿司より箱寿司・押し寿司の方が関西の主流だった。辻村さんは、にぎり寿司主流となった現在の寿司屋で、寿司職人が「箱を押す技術さえなくなった」と嘆く。映える寿司は、昔の職人からしたら邪道で、箱を押す正統派の技が段々見られなくなっているそうだ。「有馬禅寿司」での名物は、「鯖の小袖寿司」と「高菜巻き」「穴子の箱寿司」など。特に「鯖の小袖寿司」は、小さなバッテラとも称され、断面が着物の小袖の形をしている点からそう呼ばれるようになった。シャリにガリと大葉、山椒を忍ばせて鯖の上に白板昆布を載せている。俗にいう裏巻きで、海外ではこれがカリフォルニアロースになったとも噂されているのだ。使用する鯖は塩を当てて2時間半、酢を用いて20分ぐらい、それから2時間程冷蔵庫で寝かせるそう。朝仕込んで夜に出すようにしているらしい。一方、高菜巻きは寿司割烹の走りによく出ていたもので、和食の要素を取り入れた大阪寿司である。「や満祢」でよく作っていたタイプを辻村さん風にアレンジ。元来、和食の八寸で出していた鮭とイクラの親子巻きをトロとイクラに替えたという。箱寿司というと穴子の箱や海老の箱をイメージしがちだが、それらよりはもっと技術のいる寿司と思ってほしい。箱寿司・押し寿司等を大阪寿司とくくっているが、モノによっては二寸六分の懐石とも称される。それが温泉街で味わえるのだから面白い。



有馬の温泉街には街場レベルの店が目白押しで、宿泊客のみならず、日帰り客や飲食店目当てにやって来る顧客をうまく取り込んでいる。「金の湯」の裏辺りに近年お目見得している「スタンドブリタロー」は、これまで温泉街になかったタイプの大衆酒場だ。有馬の旅館の主人に言わせると「有馬温泉で昼から飲めるのはこの店くらい」だとか。営業時間も平日が11:00から、土日祝日が12:00から開いている。聞けば、夜の営業は土日祝日に限り、平日は16:00に閉めるそう。繁華街とちょっと営業形態は違えども、以前なら温泉街に存在しなかったタイプではなかろうか。「スタンドブリタロー」の店主は、A1級のボートレーサーだった魚谷智之さん。9席ほどであるカウンターだけの大衆酒場を自らが料理を作りながら切り盛りしている。魚谷さんによると「誰でも気軽に入り易い店を目指している」そう。忙しい時は上の階でカフェを営む奥さんも手伝いながら温泉街の飲み処として運営している。大衆酒場なので料理は、どて焼き・だし巻き玉子・手羽先の甘辛・チャーシューエッグなどアテのようなものが多い。酒は和洋取り揃えているが、奥さんが秋田出身で秋田の地酒を薦めている。風呂上りの日本酒なんていかにも温泉地らしいが、それが旅館ではなく、温泉街の一店舗で楽しめる所が、今の有馬ならではなんだろう。


ちょっと一杯飲める所といえば、阪急バスの有馬停留所前にある「ARIMABREWERY」(有馬ブルワリー)も紹介しておこう。ここは有馬温泉の玄関口である阪急バス乗り場のすぐ前の太閤通りに位置している。だからバス待ちの観光客がちょっと一杯ひっかけるには持って来いのスポットだ。同店は地元の酒屋さん(片山幹雄酒屋)の経営で、有馬温泉で唯一のクラフトビール専門店になっている。同店イチ押しの「有馬麦酒」は三つ。山田錦を用い、六甲長尾山系の伏流水で仕込んだビールで、「ジャパンエール」は、フルーティーでさっぱりしており、三種の中では一般的なビールに近い味わいだ。「ブラックエール」は濃くはなく、飲み易く、クセのないビールである。「ホワイトエール」は香りが高くて三つの中では最も苦みが少ない。店の人によると「女性には『ホワイトエール』が人気ある」らしい。この「ホワイトエール」を使ってビアカクテルも提供しており、こちらはサイダーシロップに浸したレモンがいい仕事をしている。「レモンの旨さと『ホワイトエール』の香りが上手く融合している」との話であった。これらのクラフトビールを飲むのにいいアテが「こんにゃくの山椒煮」と「鰯のトマトハーブ漬け」。ついつい一杯、二杯と杯が進むから気をつけるべし。発車するバスの時間を要チェックしておく必要があるかもしれない(笑)。



最近の有馬は、飲み処や食事処だけではなく、スイーツも充実して来ている。昨春オープンしてすぐに話題となったのが「花小宿はなれ」の向かいにある「Coccinelle」(コチネレ)だ。同店は米粉を使って作ったフィナンシェの専門店。店主の西垣内裕子さんの実家が農家だった点もあって以前から米粉を使ってフィナンシェを作りたいと考えていたらしい。それで有馬温泉街に念願の専門店をオープンした。商品はプレーン・ショコラ・抹茶の三つで、毎月9月にだけほうじ茶のフィナンシェが出る。これはフィギュアスケートの坂本花織さんがグルテンフリーの生活をしている事から誕生したもので、彼女の家族からリクエストがあって商品化したらしい。店内には、フィナンシェを焼く香りがしているので勿論全商品は西垣内さんの手によるものだ。12分で焼き上げて店内ですぐに販売している。米粉のスイーツと聞くと、パサパサしたイメージを持つが、「コチネレ」のフィナンシェはしっとりしている。西垣内さん曰く「生米を製粉してレシピを工夫しているからパサつきがない」そうだ。多くの人は土産物として求めるが、実は店の二階にカフェコーナーも併設されているので、ここでコーヒーと一緒にフィナンシェを味わう事も可能。但し、「コチネレ」は西垣内さんが一人で切り盛りしているので、カフェはセルフタイプ。民家を改装して造った建物の二階窓からは、有馬の路地が眺められ、何となく温泉情緒が感じられていい。
このように旅館がズラリと並ぶ温泉街にあって色んなグルメスポットができている。日帰りなら予算も少なくてすむし、すぐの週末でも出掛けられる。日に日に変貌して行く温泉街でちょっとした食事タイムを楽しむのも面白かろう。

















































