2019年03月
72

このコーナーでは、これまで何回か海の現況を述べて来た。後継者不足から温暖化故の変化、不漁などなど…、色んなことを取材していくと、今度は獲れすぎた魚の処理問題まで浮上して来たのだ。淡路島でもそうだが、対岸の和歌山でもある時季には獲れすぎて困る魚が出るらしい。その一つが鱧で、もう一つが鰆。両方とも人気がある魚で、高級魚なら困ることもなかろうと思うのは素人考えで、やはり現場ではそれなりの苦労があるという。この二つの魚種は、旬が明確すぎて他のシーズンとは売れ行きに差が生じる。昔の京の都市伝説が今も横行し、夏が旬との誤解を受ける鱧と、その字の成り立ちから春の魚だと思われている鰆_、この二つを加工品にして流通すれば、漁場の悩みがいくばくかは解決するだろうと、丸新本家が中心となって和歌山漁業プロジェクトがスタートした。今回は、プロジェクトの背景と、そのマスコミ向け発表会について記してみたい。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
獲れすぎた魚種を何とかしたい!!
鱧と鰆の上手な使い方を模索しよう

獲れすぎた魚の処理を模索してほしい

 

DSCF1244

最近、漁業の現場が悲鳴を上げている。穴子は獲れない、タコは揚がらない、イカナゴは前年並みに期待できないと、まさにダメダメづくしなのだ。乱獲も取り沙汰されるが、やはり地球温暖化は深刻な問題で、海が変わってしまったと嘆く漁師も少なくはない。何もかもが獲れないかといえば、そうでもないらしい。現に鱧や鰆は獲れすぎて困る時季もあるようで、これら大型魚が多くなると、小魚を喰ってしまうので庶民的で安価な魚が少なくなる恐れすらある。特にこの二種は、鱧は夏、鰆は春と旬がはっきりしており、それ以外の季節は需要が薄れる。本来、鱧も鰆も晩秋に脂が乗って旨くなるのに、その季節には人気が出にくい。本当の旬を消費者も料理人も知らずに間違った知識が横行しているためにいくら獲れても売れ残ってしまうのだという。

DSCF1240DSCF1353

獲れすぎた鱧と鰆の使い道がないだろうか_、そんな発想からスタートしたのが丸新本家の新古敏朗さんやカネナカ水産の中井一統さんらが中心となって実施した和歌山漁業プロジェクトである。そもそも丸新本家が味噌を造っており、鰆の加工品はできると思われた。鰆といえば、西京焼きだが、それだと面白くもないので丸新本家らしく金山寺味噌で漬けたと思われる。新古敏朗さんに聞くと、安直に発想したものの、いざ商品として成立する加工品となると、大変だったそうで、その味付けや処理の仕方など様々な問題点が浮かび、色んな専門家の声を聞きながら商品の可能性を追求して行ったようだ。もっとも手がかりを与えてくれたのは、加太淡嶋温泉・大阪屋ひいなの湯の赤間博斗料理長で、彼のアドバイスによって「紀州の地魚さわらの金山寺味噌漬け」が完成している。おかず味噌である丸新本家の金山寺味噌に白味噌を加えて味噌床を作り、そこに鰆の切り身を漬けて冷凍して寝かせているのだが、その詳細は企業秘密なので語ることができない。「名料理、かく語りき」の河上和成さんや長谷川幸太郎さんは、この加工品に調理・調味を加えながらメニューとして成立するような料理にしているが、仮りに家庭の主婦が使うなら、付着している味噌を軽く払って焼くだけで十分おかずができるだろう。一般的な冷凍加工品よりプロが関与しているだけに味もよく、商品化しても十分戦える代物になると思われる。

DSCF1194DSCF1202DSCF1205

当初、新古さんや中井さんは、時季によって獲れすぎて困る鰆だけをプロジェクトの課題にしていた。ところが漁場からのリクエストで鱧の使い道を模索してほしいと相談された。聞けば、鱧は夏には売れるが、本当の旬と呼ぶべき秋にはあまり人気がないそうだ。以前、このコーナーでもふれたが、鱧が梅雨の雨を吸って旨くなるというのは真っ赤な嘘で、その昔(交通の発達していなかった時代)、京の料理人が考えた都合のいい話なのだ。海に接しない京の町では、夏に魚を食べることができなかった。瀬戸内や若狭から人力で運んでいては、暑さのために腐る恐れが生じるからだ。鱧は生命力が強く、水から揚げても皮膚呼吸だけで24時間保つといわれる。そんな魚に目をつけたのが京の職人(料理人)で、祇園祭の頃になると、鱧が旨くなるとの話を作ってしまった。21世紀に入った今でもそれが信じられているのは、土用の丑の日に鰻を食べるのとよく似た話かもしれない。
難儀なことに鱧は、その体質的問題から素人では調理できない。背骨から肋骨以外に上椎体骨・上神経骨・上肋骨と肉間の骨がいくつもあり、体側筋の内部へもそれが放射状に伸びている。この小骨をうまく切断しないと、食せない魚なのだ。この骨切り術を編み出したのも京の料理人で、鱧切り包丁を使ってうまく切断する。一寸(約3㎝)に26筋も包丁を入れ、皮を残す切り方はまさに名人技。この調理技術を取得している職人は関西には多いが、首都圏にはそれほど多くいない。なので鱧が関西でよく食べられるのに、首都圏ではあまり使われないのはそんな事情が影響している。色んな事情を含めると、この高級魚は全国的に見てニーズは少ない。だから余計に漁場は、彼らに相談を持ちかけたのだと思われる。
結局、新古さん達は、あらかじめ骨切り処理をした上で、パン粉をまぶしてフライ素材にすることにした。あまり深くは書かないが、骨切り問題は加工食品化をかなり阻んだようで、そこにコストをかけてしまうと、加工品として成立しない_、幾度もその問題にぶつかりながら見事「紀州の地魚はもフライ」が日の目を見た。そこには専門家のアドバイスがあり、工夫があってこそ商品化できる道に辿り着いたと想像がつく。

和洋のプロも巻き込んで東上のススメを

 

DSCF1338DSCF1325

さて、この加工品がようやくお披露目できる日がやって来た。本来なら私のお膝元である大阪でやるところだが、先の事情(関東は鱧をあまり使わない)もあって東京で発信する方が面白かろうと思ったわけだ。丸新本家がこのプロジェクト用に開発した加工品を東京へ送って、キッチンスタジオで調理する。それを行うのもやはり一流の料理人がよかろうと、「御所坊」の河上和成総料理長に東上してもらい、和食以外で使えることを示したかったので以前「ひらまつ」で取締役総料理長まで昇りつめ、最近独立を果たした「KOTARO Hasegawa」の長谷川幸太郎さんにフレンチで試してもらうことにした。
首都圏でのマスコミ関係者へは、我が友人の編集者から声かけしてもらい、2月20日の夜に"紀州沖の鱧と鰆、お江戸に上る"と題した試食会兼発表会を催したのである。今回、この加工品を開発することになった背景や、鱧が東上しにくかった理由、鱧や鰆の旬が誤解され続けていることなど、色んな要素を含めて発表会を構成することにした。勿論、河上さんや長谷川さんという巨匠が料理を作ってくれることも話題の一つではある。

DSCF1341DSCF1300DSCF1329

嬉しいことに、本主旨を理解して色んな人が協力を申し出てくれた。私の長年の友人で某出版社に勤める編集者もそうだし、キッチンスタジオとホールを貸してくれたデジタルライツの篠塚順さんもその一人。さらに元NHKアナウンサーで「NHKのど自慢」の司会などを務めた松本和也さん(現在は、マツモトメソッドを立ち上げてスピーチコンサルタントやナレーターの仕事をしている)が、この日の司会役をかって出てくれたのだ。松本さんがMCを務めるなら、きちんと演出せねばならぬと某編集者が言い出し、調理場のレポートをはらともこさんが、河上・長谷川両氏の料理を運ぶ"お運びガール"(辰巳愛さんと野呂陽菜さんが担当してくれた)まで登場した。まさに発表会は賑やかな雰囲気に包まれたのである。

DSCF1302DSCF1347DSCF1281DSCF1354

参加してくれた在京のマスコミ人もテレビ、新聞、雑誌、制作会社、フリーランスのジャーナリストと色とりどり。社名や媒体名を聞くだけでマスコミ界をリードする人達が集ってくれたことがわかる。当日は松本さんとはらさんの話から始まり、新古さんが登壇し、本プロジェクトの趣旨を説明。それに続いて私が鱧と鰆や東西の食文化の違いについて話した。
料理は①鱧おこわ 熊笹包み②蘇二種③鰆の金山寺味噌漬け 大根甘酢添え④鱧フライ梅肉添え⑤ハモのフリット自家製タルタルソース 季節のハーブと共に⑥サワラの金山寺味噌漬けのグラタン仕立ての順で出された。ちなみに河上さんが①~④を作り、長谷川さんが⑤~⑥を作っている。今回の試食のミソは、コース仕立て風に出しているが、使っている食材は、今回の加工品「紀州の地魚はもフライ」と「紀州の地魚さわらの金山寺味噌漬け」の二品だけという点。同じものの連続なのに、それを全く感じさせなかったのはプロの技だし、彼らからの使い方提案がよかったことにもよる。
19時から約2時間かけて行った発表会は、かなりの満足度があったものと思われる。そのせいか、参加したマスコミ人からは、かなり高く評された。本プロジェクトの意義もそうだし、そこから誕生した加工品も可能性を感じると述べていた人が多かった。色んな事情から西と東には文化的隔たりが残る。その突破口として今回の加工品が使えれば、その壁は高くないだろうし、現場の漁場にも一つの回答例ができるのではなかろうか。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい