2020年12月
89

 日本は確実に高齢者社会に突入している。これまで社会を作って来た先輩達も年齢とともに身体が衰え、中には介護を必要とする者も現れた。彼らの今後の人生を思うにあたって重要なのは食事問題だろう。飽食の時代を過ごして来たからこそ、施設に入り、給食レベルのものを出されたのでは納得できないのではなかろうか。高齢者食をいかに充実させるかで彼らの楽しみや生きがいも変わってくるように思える。10月の初め、こんな問題に一石を投じるべく、高齢者食・介護食のあり方について記者発表を行った。訪れたマスコミからは、高い評価をもらい、この問題を深刻に追及すべきと背を押されたのだ。我々が今の世に提示する"機能的な美食"とはどんなものなのか?その事例を挙げながら提唱してみたい。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
介護施設に求めるのは、ソフト面の充実。
機能性があって、しかも美味しい。
そんな食事があれば、一日は楽しい。

機能的な美食が食事の楽しみを誘う

図1

先日、高齢者食・介護食の記者発表を行った。日本は高齢化社会から確実に高齢社会へ歩みを進めている。私の周りでもそうだが、色んな人達にとっても高齢者への介護が切実な問題として迫っているのだ。最近、友人や知人から「親を介護施設へ入れた」との話を耳にする。一口に施設といっても比較的重度な人を受け入れる老人保健施設、特別養護施設から元気な人でも入居できるサービス付き高齢者住宅、老人ホーム、認知症の人が多いグループホームと、状況によって入る所が色々あるようだ。施設の内容やサービスの仕方、介護の手法が違うのだろうが、どの施設にも共通するのは食事である。ところが、ほとんどが調理システムの利便性を追求したり、セントラルキッチンで作ったものを運んだりするために手がかけられずに美食の域に達していないのが現状だ。こう書くと、「レストランじゃないのだから美食は出せないだろう」と言う人がいるかもしれない。だが、今の老人は、高度成長期からバブル期を過ごして来た。つまり飽食の時代を生きている。そんな人が食事が充実していない施設に入居したならげんなりするのは当たり前ではなかろうか。仮りに機能が衰えた高齢者にも対応可能な美食が出せたとしたら、彼らは元気を維持できるのかもしれない。

図2

エクセル・サポート・サービスという会社は、有料老人ホームに食事を供給しており、システムキッチンを活用するのではなく、料理人を施設に派遣して現場で作っている。私の提唱する機能性を持つ美食を実践していると言っても過言ではないのだ。年をとればとるほど身体の機能が弱る。嚥下しにくくなったり、咀嚼が困難になったりする。介護の現場でもそれが酷くなると、ミキサー食が導入される。色んなものをミキサーで潰し、流動食にして提供すると、色は茶色っぽくなり、食欲は失せてしまうだろう。よほど深刻なケースは、仕方がないが、できることなら形のあるものを食べさせてあげたい。介護食に詳しい管理栄養士の徳田泰子さんに聞くと、一旦調理したものを潰し、ゲル化剤を駆使して元の形に戻すやり方を用いている例もあるという。例えば、寿司_、全粥を作って温かいうちにゲル化剤を入れ、さらにミキサーにかける。こうすると、トロンとした粥になるので酢を加え、調味してから花型に移し、30分ぐらい置いて固める。そうすると、寿司の風味を持ちながらもプリンのような食感になって食べやすくなるそうだ。施設では、ご飯を食しにくくなった人に粥を提供することが多い。でもお粥一辺倒だと飽きてしまう。そんな対策としてプリンのような食感の花形寿司が提供されている。酢が入ることで食欲は増進するものの、きつい酢だとむせてしまう。こんな時には、ミツカンの「やさしいお酢」が活躍すると徳田さんが話していた。
エクセル・サポート・サービスは、一部上場している燦ホールディングスの系列で、外食事業や介護事業、高齢者食事業を行っている。系列の別部署で法事料理などの仕出しを作るのでセントラルキッチンも有しているようだ。一般的なセントラルキッチンを持つ給食会社との違いは、そこで作ったものを施設へ運ぶのではなく、料理人を直接派遣し、現場で丁寧に調理している点だ。現に本発表会で腕をふるった松永浩月さんは、某有名料亭の出身である。このように修業を積んで実績を有す職人を施設に配し、きちんとした料理を出そうとの考え方が同社にはある。おまけに前述した管理栄養士の徳田さんを参画させることで機能面での工夫も見られる。つまり私が冒頭で書いた"機能的な美食"を出せる土壌があるわけだ。

どうしたら食べやすくなるかの工夫を実践

read_pic (1)read_pic (makizusi)read_pic (udon)

"機能的な美食"について同社と徳田さんに取材すると、こんな調理法を教えてくれた。先程は少し重度の人のための花形寿司について述べたが、一般的に食事ができる人で、少し機能が衰えかけた人には、工夫した巻き寿司を出しているそう。老人ホームなどでは、海苔は大敵で、口内にくっつくとなかなか食べづらくなる。そこで海苔をブレンダーで粉砕し、粉々にしてから寿司を転がして付着させていくやり方がある。こうすると、見ためには立派な巻き寿司で、おまけに海苔の風味もきちんとする。海苔は粉々なので舌の周りや口内にくっついて残ることがないのだ。青海苔や刻み海苔でもいいかといえば、硬さなどの問題で使いづらいらしく、そこから障害にならぬとも限らない。焼き海苔をブレンダーで粉砕するのがいいと話していた。

ゲル化剤使用としては、うどんの例もある。うどんは、箸でつまめない人が多いとして細かく刻んで出す所もあるそう。だが、それではうどんを食べた気がしない。あくまで麺は長い形をしていなければならない。徳田さんらが考えたのは、うどんをミキサーにかけてゲル化剤で固めるもの。袋にそれを入れて絞り出すと麺のように見える。表面はうどんのようにツルンとしておらず、ボコボコしているのでスプーンでも簡単にすくえるようだ。見ためはうどんなのに、スプーンですくえる_、このような工夫を施すことで料理に機能性を持たせている。

IMG_7016

餅は食べたいが、喉に詰まる恐れがある。そんな不安を払拭したのが豆腐で作った餅もどき。絹ごし豆腐に白玉粉と上新粉を混ぜることで、フワフワ感が出て舌で十分潰せるレベルのものに仕上がるという。豆腐が主なのに白玉粉が入ることで餅の食感に近づき、上新粉で餅の風味が出る。粉100%で作っていないから喉に詰まることがないのだ。エクセル・サポート・サービスでは、この餅もどきを用いてぜんざいを作っている。アイデア次第で食べたい欲求が満たされる好例だろう。
徳田さんは、このような機能性を持った食事を出すことで、健常者の食事に近づけたいと考えているようだ。以前もこのコーナーで介護おやつ(第60回参照)に触れたが、その発展型として今回の記者発表がある。介護おやつは、泉佐野産の野菜を用いることで、「農家厨房」の大仲一也シェフとコラボし、機能性を持たせたおやつを作った。今回は、介護現場にもう一歩踏み込むことによって将来の高齢者食・介護食のあり方を示したことになる。エクセル・サポート・サービスが関西サンガ所有の施設の一部に機能性を有した美食を提供していたこともあって、今回はその話題性を知らしめるために記者発表会を行ったのだ。
エクセル・サポート・サービスの調理担当者・松永さんに話を聞くと、前述のような機能的な美食を追求するだけではなく、入居者に食事を楽しんでもらえるような工夫を随所に取り入れているようだ。朝食時に食前だしを出すのもその一例。食前だしは、20~30mlの少量を提供し、一日の始まりの合図にする。ただでさえ年を重ねていくと、唾液が出にくくなり、それが因で食事に支障を来すことがあるらしい。寝起きに少量のだしを飲むことで唾液を促す働きがあるというからまさに理に適っている。朝食時に食前だしを出すのと同じように夕食時にはほうじ茶を供すそうだ。このお茶は、岡山県の寒暖差のある地で栽培したもので、一番茶葉を一年寝かせ、遠赤外線で内側からむらなく焙煎している。2016年に日本茶アワードの香り部門で審査員奨励賞をもらったとの事で、品質もいいのだろう。緑茶はカフェインを含んでいるが、山ほうじ茶にはそれが少ない。これを一日の終わりに飲むことでリラックス効果が得られる。こういった細かい点まで気を配り、食事を提供していると松永さんは話していた。
近年、介護施設が沢山建設され、豪華な施設が目立って来た。だが、入居する老人達は、すでに身体の機能が弱って来ており、ハード面をいくら豪華にしようが、使い切る人は少ないのではなかろうか。それならハード面よりソフト面の充実を図るのが本来のあるべき姿なのだろう。少しでも永く食事を楽しめるように工夫を凝らす_、そんな施設が増えてくれば、高齢者に報いることができると考える。徳田さんや松永さんらとこの発表会を行いながら、私はふとそんな事を思ってしまった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい