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和歌山県有田郡湯浅町では、早春に広川でシロウオ漁が見られる。シロウオが広川を遡上し、それを掬い採るのがシロウオ漁なのだが、一般の釣りとは違ってここでは四つ手網を使って漁をする。この光景が見られると、湯浅町では春を告げるといわれ、広川での漁風景は春の風物詩とされる。私は、このシロウオ漁に以前から興味津々で、一度はきちんと見学して取材してみたいと思っていた。今回は湯浅醤油から声掛けもあってシロウオ漁について書く事に_。湯浅町でシロウオ漁によって町興しをしたという塚田昌秀さんに話も聞いて来た。実に春うららの光景にふさわしい湯浅町のシロウオ漁についてレポートしたい。

- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
散髪屋さんが町興しの仕掛人!?


春になると、湯浅町でシロウオが釣れる_、というと「ああ、白魚の手のようと表現される魚ですね」と返して来る人がいる。その返答は全くの間違いで、シロウオとシラウオは全然違う魚なのだ。「シラウオのような手」と表現されるのは、漢字で書くと〝白魚″で、サケ目シラウオ科の魚を指す。一方、シロウオは、スズキ目ハゼ科の魚で“素魚”と記す。共に汽水域に生息して体が透き通っているので同じ魚だと誤解されるのだろう。湯浅町で獲れるのは素魚(シロウオ)の方、体長は5~6㎝で透き通った体に眼球・浮き袋・脊椎などが透けて見える。和歌山県有田郡湯浅町では、シロウオ漁が始まると春を告げる。通常では浅い海に生息しているシロウオは早春になると川の下流域を遡上して来て川で産卵する。雄が石の下に潜り込んで産卵室を作って雌を誘うらしく、一夫一妻で一回限りの繁殖と言われている。2月に入ると、湯浅町では広川を遡上するシロウオを狙って漁をするのだ。ここでは竹二本で四角い網を吊るした四つ手網で漁が行われるのだが、地域(他地方)によってはヤナ漁やザワ漁を行うところもある。ちなみに湯浅町の他には愛媛県宇和島津島地域や福岡の室見川、佐賀県北部の松浦川などが有名だ。湯浅町では2月14日~3月31日までをシロウオ月間に定めているそうで、毎年2月中旬から3月下旬に広川を遡上して来るシロウオを対象に四つ手網の伝統漁法が見られるのである。その漁に付随して今年も3月26日には「紀州湯浅シロウオまつり」が催された。そこでは無料にてシロウオすくいや、シロウオの踊り喰いが楽しめる他に餅つきや物産販売も行われて賑やかに町興し事業を彩っていた。


さて当方は、湯浅町のシロウオ漁が気になって仕方がない。なぜなら湯浅醤油の新古敏朗社長に以前に活けのシロウオもらって料理屋で食べた経験があるからだ。シロウオは死んだら匂いを発し、著しく風味が落ちるから当然踊り喰いでの体験である。食べ方は、水を張った鉢にシロウオを泳がせ、網杓子で掬い取って別の皿に移し、醤油かポン酢を掛けて味わう。踊り喰いなのだから吸い込むように口に入れればいいわけで、それなら調味料はいらないという向きもあるが、やはり料理なのだから何かで味わうべきなのだろうと思う。地元で聞くと、天ぷらや玉子とじ、それに吸物の椀種として使う例もあるそうだ。
シロウオ漁は期間が短かく、こちらから狙いを定めて準備しておかないとすぐに終わってしまう。今回は、そんな頭が2月からあったので新古さんに頼んでシロウオ漁を見学させてもらった。湯浅町と広川町の間を流れる広川には、左右岸に7基の櫓があってそこに座って四つ手網で川を遡上するシロウオを掬い採るのが湯浅でのシロウオ漁の風景である。この日漁をしていたのは、塚田昌秀さん。御齢73歳のベテラン漁師かと思いきや、シロウオ漁に携ったのは20年くらい前からで、実は本業ではないらしい。塚田さんは、湯浅町で「理容ツカダ」を営む散髪屋さんなのだ。かつて塚田さんは、島之内商店街の会長を務め、町づくり委員会にも所属していた。町に活気を漲(みなぎ)らせるにはどうしたらいいかと思案していると、先輩が「古いものにスポットを当ててみたらどうだろう?」とのヒントをくれた。塚田さんは「そういえば、シロウオ漁はまだやっているのか?」と考え、そこにスポットを当てれば話題ができて町興しに繋がるのでは…と思ったようだ。シロウオ漁は、採取の会が漁業権を持っており、島之内商店街から依頼して「しかじかの理由でやらせて欲しい」と願い出た。それが叶えば、シロウオまつりも催し、話題づくりを行いたいと言ったそうだ。そんな経緯があって採取の会から了承を得てシロウオで町興しをするようになったという。「当初3年間は、シロウオまつりを島之内商店街で企画して実行しました。その後はや役場が中心となってシロウオまつり実行委員会ができて現在まで催されています」と塚田さんが教えてくれた。今や3月のシロウオまつりは、湯浅まつり(花火大会)・紀州湯浅のギョキョっとお魚まつりと並んで湯浅町の三大まつりになっている。
珍しい四つ手網で漁を行う


ところで肝心のシロウオ漁のやり方だが。広川の河口近くに立つ櫓に座って行われる。新古さんの話によると、「産卵目的で広川を遡上して来たシロウオは、新朝潮橋付近で卵を産む」らしい。「シロウオは、真水で産卵するので、石蓴(アオサ)が生えている場所は塩分があるため決して生みません。広川の途中に地下水が湧いている所があってその辺りが格好の産卵場になっているようです」と言っていた。そういえば、シロウオ漁の櫓は、新朝潮橋よりちょっとだけ河口域に立っている。新古さんが指摘するようにシロウオは海水では孵化しない。産卵後は雄が巣に残って孵化するまで2週間程何も食べずに保護するらしい。シロウオは、卵を産んだら死んでしまい、魚体が白くなって匂いも発するから処分しなければならない。なので塚田さんたちは、産卵に遡上してくるシロウオを生きた状態で四つ手網で掬おうとする。
四つ手網とは、敷き網の一種で、四角形の袋状の網を指す。四隅を十文字に渡した竹で網を張り、交差する点に紐や差し棒をつけたもの。これを川底に沈めておいてシロウオが通れば人力で引き上げる仕組みになっている。シロウオは魚体が透明なので見つけにくい。なので四つ手網の両脇には白い板が置かれてあり、その板上を通過する時にシロウオの影が映るので察知したら網で掬うのだ。網といってもかなり大きい。だから網を引くのは重労働。塚田さんは「漁を始める前に67㎏だった体重が1か月もやると52㎏まで減る」と言っていた。シロウオ漁は、約1か月強の期間はあるが、毎日できるわけではない。雨が降ると、水滴でシロウオの影が見えづらいから中止。風が強ければ、網が帆のようになって風に持って行かれて危険なので中止。塚田さんは、朝6時に広川へ行って10時頃まで漁をする。13時にも川へ行って15時ぐらいまでまた漁を。上りの3時間と下りの3時間が釣りどきなのだろうが、干満によって時間が変わるため、毎日決った時間にとはいかず「とにかく潮目を見ないと漁ができない」と話していた。私が見に行った日は不漁だったようだが、暖かい日は升で3~5合くらい獲れるらしい。それを水槽か何かに入れて活かしておき、シロウオまつりで使うのだ。「井戸水ではわりと生きています。海の水や川の水を3~4回は替えますが、それでも死んでしまうのもいて、祭りまで活けの状態を保つのは大変ですよ」と言っていた。よく漁場で耳にする言葉だが「昔はもっと獲れた」とここでも塚田さんは話していた。塚田さんによると「昔は4~5月まで獲れた」らしい。「4月にもなると、エラが張って来て、この辺りでは『たけて来る』と言って流石に踊り喰いはできませんが…」。でも天ぷらや玉子とじなら使用可能とかで湯浅の人達は春の味覚として味わっていたようだ。



ところでシロウオの味わいはというと、通常は踊り喰いなので活けのシロウオがツルンと喉を通る。ほのかな甘さとわずかな苦みが感じられるとでも表現しておこうか。定番はポン酢を掛けての踊り喰いとなるので口内はポン酢の味が占める方が大きいのかもしれない。それ以外では天ぷらや玉子とじ、吸物の椀種に使ったりするし、炊き込みご飯の具材としても活用する。火に入れたものは、苦みが抑えられて優しい甘さがして、特に天ぷらはコリコリとした食感も味わえる。
塚田さんらが始めたシロウオ漁は、目論見通り湯浅町の町興しに寄与した。今ではシロウオまつりは町の外までその噂が聞こえて、TV取材もあるし、それで知った人が観光目的でやって来る。聞く所ではシロウオは、俳句において春の季語になるらしい。だから以前はバスを貸し切って俳句を詠みに来る人まであったという。最近はもっぱら写真撮影が多い。写真を投稿し、応募すると実行委員会から賞がもらえるそうで趣味のカメラ好きがこぞって訪れるようだ。〝春うらら″なるフレーズがあって意味は、春の陽気を浴びて万物が明るく、穏やかで美しく輝いている様を表わす。まさに長閑(のどか)なシロウオ漁の光景は、湯浅町の春うららであろう。

















































