152 2026年06月ついつい立ち寄りたくなる_、そんな酒場を探している向きも多いだろう。店は横丁にあって小ぶりで料理は丁寧に作っており、何かしらのコンセプトが見え隠れるする_、それが左党が求める止まり木である。そこには気軽に話せる女将がいて、いつも手作りのアテが出る。ドラマには、そんな小料理屋がよく登場するのだ。今回は、ドラマからすっぽり抜け出して来たかのような「和食 満ちる」が舞台。新潟は南魚沼出身の井口しほりさんが、その店を切り盛りしている。聞けば南魚沼の居酒屋と掛け持ちして経営しているそう。遠く離れた南魚沼の女性がなぜ大阪の谷町で店を開くに至ったのか?話を聞けば、彼女の“大阪LOVE”が滲(にじ)み出ていた。

和食 満ちる 井口しほり
(「和食 満ちる」女将)
「この『白搾り』は、
淡口醤油と違って
塩分が抑えられて使い易い。
旨み・甘みがあってびっくりしました。」

大阪人になりたかった新潟の女性

関西で暮らしていると、それが当たり前のように映るが、他地域から見ると、意外にも特徴めいたもののように思えるらしい。ここでいう“それ”とは大阪人気質を指す。大阪人の代表的気質をAI検索すると、①とにかく会話好きで、初対面にもフレンドリー②ボケとツッコミの文化があって笑わせてなんぼとの価値感を持っている③新しいものに敏感で、お金の話に抵抗がない④人情深く、困っている人に対して世話を焼きたがるの4つが挙げられる。この気質を煙たがる人もいれば、はまってしまうタイプのもいる。今回取材した「和食 満ちる」の井口しほりさんは、まさに後者であろう。
大阪メトロ谷町6町目駅から徒歩5分ぐらい、谷町筋から一本東へ入った縦筋に上汐庵というビルがある。そこはビルというより横丁のような佇まいで、1階に6軒の飲食店が連なっている。このうちの一軒にあたるのが井口しほりさんが営む「和食 満ちる」だ。同店はカウンター8席の小ぶりな店。小料理屋的雰囲気を有し、井口さん一人が切り盛りしている。客層は周辺の住人や会社に勤める人が多いらしく、50~70歳代の男性中心だとか。井口さんは、数年前に大阪に出て来て縁のあった「和旬 撫子」で働いていた。新潟でも飲食店をやっていたので大阪でいい物件があれば店を持ちたいと探していたら竣工前の汐庵(うしおあん)に出合ったという。「一人で賄えるスペースを模索していたら、この物件に出合ったんです。お客様の顔を見て話しをしながら料理を作るのがいいと思って即決しました」。汐庵は2025年6月の竣工で、「満ちる」が最初の入居店舗。その後たこ焼き店・割烹・ワインバー・クレープ店・ラーメン屋が入り、横丁の風情を形成している。「満ちる」は、心も身体も満たしたいとの意味からつけた店名で、オープンから一年近くで谷町に浸透し、この町の止まり木のような存在になっている。
私が「満ちる」の存在を知ったのは、有馬温泉の串揚げ店「有馬楽膳 桜」の新宅仁志さんがきっかけ。「桜」の取材中に新宅さんが「新潟出身の女性が、かつて『枠餐 石和川』で働いていて、一旦地元に帰省してそこで商売(飲食店)をやっていたんですが、大阪が好きすぎて地元の店を残したまま出て来て、谷町6町目と9丁目の間ぐらいで飲食店をやっているんですよ」と話していた。「石和川」にいたなら料理はきっちりしているだろうし、新潟で店を持ちながら、また大阪で店をやっているのも面白いと映り、新宅さんに「満ちる」の連絡先を聞いて今回の取材を申し込んだ次第である。

カ2

「満ちる」の女将・井口しほりさんは、生まれも育ちも新潟県南魚沼市である。南魚沼は中越地方に位置する町。平成の大合併によって六日町・大和町・塩沢町の南魚沼郡3町が一緒になって誕生した。主な産業は稲作で、何といって魚沼産コシヒカリが穫れる地として知られている。ちなみにコシヒカリの発祥地でもあり、南魚沼の肥沃な土と魚沼三山からの雪解け水で美味しい米ができるといわれている。井口しほりさんは、高校時代に魚沼の寿司屋でアルバイトしたのがきっかけで職人の姿に憧れを抱いた。そんな思いを有して大阪へ。雑誌「るるぶ」に載っていた「石和川」に興味があって電話してみると、店主の浦上浩さんが「一回おいで」と快く招いてくれた。「店へ行くと、いきなり会席料理のフルコースを出してくれて物凄く感動して食べたのを覚えています。ところが高校生なのでその対価に見合う金銭を持ってきておらず、思わず『皿洗して帰ります』と願い出たんです。そんな心意気が浦上師を突き動かせたようで高校を卒業したらすぐに『石和川』で働く事になったんですよ」と入門のいきさつを語ってくれた。
井口さんが「石和川」に入った約20年前は、同店の絶頂期でもあり、兎にも角にも職人は多忙な日々の連続。自衛隊より厳しいといわれた「石和川」は、技術面のみならず何事に厳格で、入店2カ月目でそのまま倒れたいと思わせる程、多忙を極めた。「新潟の女子高校生でちやほやされて生きて来て、その反動が一気に出たようなもの。朝早くから夜遅くまで来る日も来る日も厨房の仕事に明け暮れ、『石和川』では周りも厳しく、遅刻は以ての外。化粧なんてする暇もなく店へ行くと、『化粧ぐらいして来い』と怒られ、逆に化粧して行くと、『化粧する間があったら早く来い』と怒られる。当時はまかないづくりに精を出していましたが、それも『40分以内に三品作れ』と指示があって、まさに大変で…。いっそこのまま倒れた方が仕事から解放されるからマシかもって何度も思いました」。ただ調理面ではかなり得る所も大きかったようで、井口さんは、浦上師を「凄い人だ」と形容する。「手間を掛けて工夫する事で料理をグレードアップさせるんです。素材は無駄にせず、色んな事をして使い切る。今でいうSDGsの走りですね。そんな考え方は、今も私の調理にいかされています」。

一年ぐらい働いて井口さんは「石和川」を出て行く。料理人といっても「石和川」を辞した後は働いていないので、一般人として料理コンテストに応募していた。片書きは素人でも「石和川」で色んな料理を見て来ているので、アイデアは山のようにある。「某牡蠣コンテストに応募して北海道へ行ったりと色々。俗にいう賞金稼ぎのような感じでしょうね(笑)」。その頃の活躍ぶりを示した記事が2009年12月号の「文藝春秋」に載っている。当時は今井しほりさんとして一般の部で「第一回しょうゆ味レシピ&エピソードコンテスト」の最優秀賞受賞者として誌面を飾っているのだ。
コンテスト荒しを謳歌した井口さんは、一旦東心斎橋にある「和旬 撫子(なでしこ)」で働き、また和の職人に戻った。きっかけは雑誌を見て食べに行ったら店側から声を掛けてくれて料理人に復帰する事になったからのようだ。「撫子」は、女性が営む割烹。スタッフも女性ばかりで細やかなおもてなしを売りにしている。何を隠そう、浦上さんと同じく「神田川」出身の人がやっている店で、料理も「石和川」で修業した井口さんにあっていたのだろう。
「撫子」で一年程働いてから井口さんは故郷へ戻ってくる。新潟では何店もの料理屋でかけもちしてアルバイトの日々。その後、結婚と出産を経験して一時期は子育てもあって家庭に入っていた。子供が6歳になった頃、ママ友達から「子連れでゆっくりする店がない」との話を聞き、いきなり独立を果たし、「ママカフェ芯菜箸」を開いている。丁度井口さんが29歳になった頃の話だ。「私は、飲食業に戻りたくても子供がいて昼しか働けないし、ママ友達は集まる場所がないと嘆いている。そんなニーズが重なり合って自店を持つ事に。大阪にまだ未練があったのでしょうね、『芯菜箸』と書いて『しんさいばし』と読む店を始めました。そう、『撫子』があった『心斎橋』にちなんでの命名です」。井口さんのママカフェは、周囲のニーズを満たし、順調に推移。その5年後には、南魚沼で「真心料理あわざ」をオープンしている。新店の名は、「あわざ」で、大阪・西区の阿波座を印象づける。この二つの店名を見ても井口さんの大阪好きがわかる。
井口さんは「中途半端で帰省してしまったので大阪への未練はありありだった」そう。そんな想いを秘めながら南魚沼で二つの店を営んでいると、2024年にかつて世話になった「撫子」が人手不足で困っているとの噂を聞きつけた。二店ともうまくいっていたのと、大阪への未練からなんと井口さんは「私が行きましょうか?」と助け船を出ている。丁度、子供達も分別がつく年になって手も掛からなくなったのもあって子供を連れて来阪し、「撫子」の厨房へ入った。ただ「撫子」の人手不足がある程度解消すれば、今度は大阪での自店オープンを考えていたのも事実である。「来阪時に流石に新潟での二店舗経営は難しいと判断し、『芯菜箸』は店長に経営権を譲りました。「あわざ」の方は今も私が経営してはいますが、店長がしっかりしているので任せっ放しです。リモートで状況把握はできるので心配なくやってもらっています」と井口さん。今は新しい事をやる時か、イベント時に帰るぐらいだそうで、どっぷり大阪ライフを楽しんでいる。
「撫子」で働きながら大阪で飲食店をやろうと物件探しを行っていた。当初は酒落で阿波座辺りで新潟の地名を付けた店でもと思っていたようだが、思うような物件には出合わなかった。すると、散歩していたら「汐庵」の工事が目に入り、尋ねてみると一人で来り盛りできそうなサイズで、おまけに飲食店が横に連なる横丁的雰囲気も気に入って「ココだ!」と思ってすぐに契約した。なので汐庵の第一号店に「満ちる」がなる。
「和食 満ちる」は、女将の井口さんが、日常の疲れを癒すべく、和食でもてなすカウンター8席のみの隠れ家的和食店だ。新潟出身らしく、新潟の地酒と南魚沼産コシヒカリで炊いた釜めしが自慢である。料理は仕入れによって日々替わるらしく、おばんざいが中心。「最近はできあいのものを出したり、パッと作って出す店が多く、一品一品に心がこもってないような料理が多いですね。うちは派手なものや創作的料理はありませんが、全てにおいてその日仕入れたものできちんと調理して出しています。客層も年配の男性が多いから凝ったものよりは、だし巻き玉子のようにスタンダードな方が好まれるんですよ」。朝から市場で食材を仕入れ、その素材に応じてメニュー組みをする。まさに日々料理漬けの一日が続いている。料理は約30品ぐらいで日本酒のアテになるようなものが多い。日本酒は新潟産のものばかりで、旨味調味料を使いたくないとの理念から調理はもとより、酒精を用いた本醸造を仕入れず、純米酒絡みの品を揃えている。入れ替え制で、常時約10種ある日本酒の中でもオススメは高の井酒造の「田友」だとか。魚沼小千谷で栽培した越淡麗(酒米)を100%使用した特別純米酒で、米本来の膨らむ旨みをいかして造っている。井口さん曰く「フルーティーで、バランスがいい酒。旨みもあるので料理に合う」と太鼓判を押す。大阪ではあまりお目にかからない銘柄で南魚沼の酒屋を通じて仕入れている。これら新潟の地酒で一杯飲みながら料理を食べていると、ついつい長居してしまうらしい。それが「満ちる」の魅力でもあり、楽しさでもある。

南魚沼産コシヒカリを「白搾り」を用いて炊いてみた

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さて、私はそんな「満ちる」でいつものアレをやろうとしている。予め湯浅醤油から商品を送ってもらい、それを使った和食を味わおうとしているのだ。井口さんが本取材用に用意してくれたのは、食事のセット_、つまり釜飯と汁である。まず釜飯だが、この日は明石のタコを用いて一人前用の食卓釜で炊いていた。米は言わずと知れた南魚沼産コシヒカリ。井口さんに言わせると、「地元の人はそれしか食べない」らしい。水に浸した米一合に、昆布と鰹のだし・酒・みりん・「白搾り」を釜に入れ、タコを加えて25分炊く。固形燃料1個分で丁度25分ぐらい炊けるようだ。「やっぱり南魚沼のコシヒカリは最高です。南魚沼には雪解け水の超軟水があって各家庭でその水を使って炊くので美味しいご飯がいつも食べられます。だから新潟ではご飯は家で食べるものと決まっており、お金を払って店で食べる代物ではないとの認識があるんですよ。新潟ではあまり出ないのに、大阪では飛ぶように注文が通るので驚いています」と笑いながら話していた。水こそ違えども、本家本元の南魚沼産コシヒカリで炊くのだから「満ちる」の看板メニューになるのもわかる。井口さんによると、いつもは淡口醤油を用いるそう。ところが今回は取材用に白醤油(「白搾り」)が届いていたので試しに使ってみると、淡口醤油より塩味が少なく、旨みや甘みもあってびっくりしたと言っていた。「『白搾り』を使って釜飯を作ると、だしが半分でいいと思いました。醤油の中に旨みがあるのでだしの濃度を落とせるんですよ」。普段使いしている淡口醤油は塩分が強く、「これがどうにかならないか」と普段から思っていたところ、「白搾り」がその難題を解決したらしい。

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この釜飯に合わせるのが、けんちん汁である。けんちん汁は、鎌倉・建長寺の修行僧が作った建長汁が基で、いつの間にかなまって「けんちん汁」になったといわれている。一方では、精進で味噌仕立てにしたものを国清汁と呼び、伊豆の韮山の国清寺が発祥との説もある。新潟でのけんちん汁は、キノコや秋野菜、練り物などが入り、「けんちょん汁」とも呼ばれるそうだ。今回井口さんが作ったけんちん汁は、小さな厚揚げ、里芋、干瓢、大根、人参、ナメコが入っている。新潟ではあまんだれというナラタケを入れるらしいが、大阪ではそれが手に入らないからナメコを用いたようだ。「満ちる」では、普段なら濃口醤油・だし(昆布・鰹)・みりんで調味する所を今回は濃口醤油は使用せず、その代わりに「魯山人」と「白搾り」を使って調味していた。作り方は、米油を敷いて根菜を炒め、だしを加えて野菜が柔らかくなるまで煮込む。厚揚げを加えて少し煮て、干瓢とナメコを入れたらさっと煮る。そこに「魯山人」7対「白搾り」3の割合で、みりんを少し足せば出来上がる。「このけんちん汁では、『魯山人』醤油が味の中心で、濃口の代わりを果たしています。『魯山人』は旨みが凄い。少し酸味を感じたので、そこを補うべく『白搾り』を加えました。『白搾り』が入る事によって酸味が抑えられ、さらに旨みが足されたように思います」と調味の工夫を話していた。新古敏朗さんによると、2026年の「魯山人」は昨年のものより少し酸味があるらしい。そのままでもいいのだろうが、井口さんは「白搾り」でそこを抑えた。みりんは甘みを足す程度で、「魯山人」の旨みと「白搾り」の旨みが融合していい塩梅(あんばい)の汁に仕上がっていた。井口さんの話では、新潟ではけんちん汁を煮干でだしを摂って使うケースが多いそう。家庭によっては麺つゆで作る所もあると言っていた。

本日「満ちる」で味わった釜飯とけんちん汁は、新潟の香り漂う組み合わせで、普段から「満ちる」の名物にもなっている。ちなみに釜飯は、この日はタコ飯だったが、日によって鯛や蟹、ホタルイカで作ったりするという。井口さんの出身地・南魚沼から届くコシヒカリで炊いたご飯を用いた卵かけご飯もあって店ではご飯類がよく出ると話していた。近年は外食産業が十分“産業”と呼べる分野まで成長したために巷にはチェーン店が乱立している。それらは効率を重視し、セントラルキッチンで作ったものや冷凍食品を多用してメニュー化を図る。そんな状況とは正反対の位置に「満ちる」があると思われる。着物姿に割烹着の井口さんが迎えてくれ、彼女が一品一品丁寧に作ったおばんざいをアテに日本酒を傾ける_、そんな光景が何となくほっこりさせてくれるのだ。誰にでも打ち解けてしゃべる井口さんは、いつのまにか 大阪人らしくなっていたのかもしれない。「本音で話す大阪人が好き」と言う井口さんが営む「満ちる」は、谷町周辺の止まり木ともいえる。いい酒といい料理があれば、ついつい立ち寄りたくなる_、そんな雰囲気を醸している店なのだ。

 

  • <取材協力>
    和食 満ちる

    住所/大阪市中央区上汐1-6-5 汐庵102

    TEL/090-1018-2286

    HP/ 公式HPはこちら


    営業時間/16:30~22:00

    休み/日・月曜日

    メニューor料金/
    メニュー/ハマグリ酒蒸し     950円
        沖縄もずく酢       550円
        地鶏の塩焼        1800円
        サバの塩焼      1100円
        子だこの旨煮       800円
        酒盗クリームチーズ    650円
        平飼い卵だし巻      1000円
        カマス造り        1200円
        明石鯛造り       1200円
        馬刺し          1500円
        日本酒(グラス)     650円~
        日本酒(一合)      1300円~
        生ビール         700円

    ※上記のメニューは取材日のもの。メニューは仕入れ素材によって日々替わる。


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい