154
街場では焼肉が花盛り。雨後の筍のように次から次へと焼肉屋がオープンする。そんな中でかなりユニークな焼肉店を発見!聞けば三田で有名な食肉加工と牛肉の卸し・小売を行う「丸優」がやっているそう。だが4月末にオープンした「焼肉沸かし屋」は、素材の良さはもとより、むしろ肉を焼くという概念を取り払い、肉を沸かす事で旨みを逃がさぬよう調理するのを売りにしているのだとか。「考え方が全く異なり、焼肉のスタイルも一新した」という店主・廣岡誠道さんの言葉に誘われて三田市にできた新店舗を覗いてみた。「焼肉沸かし屋」で体験した目から鱗の味わい方をレポートしたい。

- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
従来の焼肉屋とは、概念すら異なる火の入れ方





「焼肉ではなく、肉を沸かすというコンセプトで店をオープンしました」と語るのは、「丸優」の社長・廣岡誠道さんである。彼が食肉加工と卸し・小売を行う「丸優」の横に4月29日に開いた「焼肉沸かし屋」が今グルメの間で話題になっている。廣岡さんが営む「丸優」は「肉のジャンボ市」でもよくTVなどで取り挙げられている会社。毎週土曜日の3時間限定の販売で、「旨い牛肉がこんな値段で?!」と行列までできる程消費者が集まる事でも知られている。そんな「丸優」が直営する焼肉店で、隣接する精肉工場から直仕入れするので旨いのは当然だろうと思って出掛けたが、訪れてみてそのコンセプトの面白さにびっくりしてしまった。
廣岡さんが開いた「焼肉沸かし屋」は、神戸市北区と隣接する三田市南が丘にある。店舗の向かい側は狭間池で、三田学園にも近い。廣岡さんによると、最寄りは神戸電鉄横山駅で、歩いたら7分くらいで着くらしい。店としては郊外型レストランで駐車場もあるために車利用が多いのだろう。待望の新コンセプトの焼肉店なのに営業は金・土・日・月曜日(祝日も営業)の17時~22時までと限られている。営業時間の少なさを問うと、廣岡さんは「平日は『丸優』の仕事が忙しいから」とそっけない。どうやら「沸かし屋」では「丸優」の系列という事で牛肉のカットなどかなりのこだわりがあるらしい。「沸かし焼肉というコンセプトも私が考えたもので、日本でココ一軒のみです」と笑いながら説明してくれた。「焼肉沸かし屋」は、焼肉と名がつくものの、従来の焼肉屋のように火を直接当てて肉を焼くスタイルではない。焼肉屋の大半は、いこった炭の上に網を載せてそこで肉に火を通す。そうすると、高温で焼けるために肉の旨みが外に逃げてしまう。そんな疑問点を解消しようと廣岡さんが具現化したのが、“肉を沸かす”という考え方だ。「沸かし屋」では、ガスコンロに特殊なプレートを設置し、その上に網を載せている。火が直接肉に触れる事がなく、遠赤外線でじっくり肉の内部から熱を入れるので、肉自体が焼き過ぎて焦げるのもなく、ミディアムレア状態になるために食べると十分肉の旨みが伝わるのだ。つまり旨みを閉じ込めたまま火が入るので、これまでの焼肉とは全く違った味で焼肉が楽しめるというわけである。「58℃になると菌が死に、60℃以上で離水が始まります。そして80℃に達すると離水が止まるのです」と話すのが「丸優」の経営者であり、私とも以前から知己があった廣岡誠道さん。一般の焼肉店でパシャパシャと油が落ちるのは離水状態を指し、それ以上火を当てていると肉の表面が火傷しているので決して旨くならないらしい。肉の表面の温度が上昇すると、細胞が破壊され易くなってしまう。すると旨み成分が失われ易い。これが従来からの焼肉で、表面がカリッと焼けて香ばしさが増す反面、肉の旨み自体が漏れ出てしまう結果を招いている。ところが、「沸かし屋」のシステムだと、特製プレートの上に網を置き、遠赤外線で肉の内側から火を入れて行くので旨みが逃げずに美味しく焼けるというのだ。「炭火焼きは、ヘタしたら炭の温度が1000℃になっている事もあって、そんな中で焼肉をしたら焦げるだけで肉本来の旨みを失ったまま食している事になるんです。肉汁がポタポタ落ちているのは、肉の旨みが漏れている瞬間。実は食べる頃には旨み成分そのものが失われているんですよ」と廣岡さんは、炭火焼肉との違いを理論的に教えてくれた。
エッ?!まだ赤くてもこれで火が入ってるの?






例えば薄切りタンを「沸かし屋」で味わうとする。片面を熱波に晒してからもう片面を上に向け、レモンを数滴垂らすのだ。すると表面が60℃に達すると、肉汁が出て来る。この肉汁が出た状態を廣岡さんは「肉の汗が出る」と表現している。表面は赤っぽく見えるが、これで十分熱が通っている。肉汁を落とさずにタンを折り曲げてそのまま器へ。これでタンの旨みが凝縮された焼肉が味わえる。一方、ハラミは四枚の切り身を寄せてブロック状で提供されている。このハラミに塩を掛け、遠い所(遠赤外線)から徐々に火を通して行く。周りが焼けたら一枚ずつバラして火を入れる。「熱波の中に肉を置いて旨みが逃げぬように火を入れるのがコツ」で、ハラミはジュ―とも音がしないが十分いい感じに焼けており、赤く見えるけど、これで十分火が通っているのがわかるのだ。「食べ頃はミディアムレアぐらい。これに抵抗があるなら、もう少し待てばいい。このシステムだと、待っていても旨みは逃げません」と話す。ロースは片面焼きではなく、一枚一枚両面に火を入れる。一般の塩を振ると、水分を引っぱって来るのだが、「沸かし屋」が使っている塩は淡路島の手作りのものなので塩自体が被膜を作って旨みを閉じ込める効果があるらしい。「中が赤く見えますが、肉自体汗をかいているので58℃は超えていて殺菌ができた状態に。このくらいで食べると肉の旨みがわかって美味しんですよ」と廣岡さん。最近、私の知人は焼肉に飽きて来たらしい。その原因は脂っこさで、「焼いて食べても肉の味が感じられない」と嘆いている。そんな向きには、「沸かし屋」の焼肉はぴったりではなかろうか。確実な肉の旨みがして脂っこくもない。「この新しい焼き方であれば、刺しが沢山入った高級肉でなくても十分な旨み成分を醸し出す事ができます」と語ってくれた。つまり霜降り肉でなくても沸かせばいいという話だ。その証拠に「沸かし屋」ではスネ肉を焼肉用としてメニュー化している。普通スネ肉は硬いので煮込みか、こま切れが定番だ。ところが廣岡さんは既成概念に絞られていないので焼肉用として提供しているのだ。「なぜスネ肉まで提供するのかというと、うちは本当に一頭使いをしているから。よく一頭買いをフレーズにやっている店がありますが、一頭買いと一頭使いとは違うんですよね」。流石は「丸優」がやっている利点がこんな所にも現れていた。







「沸かし屋」では、ダイヤモンドカットしたカルビやももなどをお薦めメニューとして挙げている。ダイヤモンドカットとは、肉の裏面にクロスするように短冊状に切れ目を入れて網のような見ためにする切り方だ。こうする事によって筋が切れて柔らかく焼き上がる利点が生じる。その上、切り込みから火が通るので赤身の旨さが凝縮されてタレも絡み易い。当初は、廣岡さんが自ら肉をカットしていたが、それでは店は回らない。彼がいなくてはダイヤモンドカットが出せないでは店運営に差し障るとあって廣岡さんが俎板を工夫してスタッフでもできるようにしたそうだ。この俎板とて特許のようなものを取っているらしく、焼くプレートといい他店では真似できぬものになっている。「肉の旨みを逃がさぬように適切な温度で、熱を入れて肉が汗をかくかの如く沸かすのがこの店のコンセプト。これまでじっくり火を入れて焼いていた焼肉の概念が変わったでしょ」と語っていた。ふっくら熱を入れて旨みを閉じ込める_、これが廣岡さんが目指す焼肉のスタイルなのだろう。ちなみに「沸かし屋」での気になる値段は、「客単価が5~6000円、沢山飲む人や価格が気にならないなら8000~15000円」だとか。それならリーズナブルな値段ではなかろうか。ならば懐にも優しい店と認識できる。

















































