156 2026年10月関西にいると、スパイスカレーが身近かに感じてしょうがない。大阪でスパイスカレーがブームになったのは、確か1990年頃ではなかった。いつの間にかそれが市民権を得て燎原の火の如く全国に広がっているらしい。今回紹介する阪神今津駅前に位置する「スパイスカレー ボマイェ」は、西宮では珍しいスパイスカレーの専門店。二毛作スタイルの店で、昼はスパイスカレーを出していると紹介された。一時は飲食店業界に嫌気をさし、一度はやめかけた内山宏太さんが「最後にやり残した事を」とばかりに打ち出したスパイスカレーが評判を呼んでブレイクしたという。そんな「ボマイェ」で、今回は内山流の調味料の使い方を取材して来た。
スパイスカレー ボマイェ 内山宏太
(「ボマイェ」店主)
「珍しい『カカオ醤』は、
音楽でいうならベース音のよう。
豆豉にも似た雰囲気があったので、
それに見立てて調味してみました」
分かりやすさと自由さを追求したスパイスカレーづくり


1990年ごろから大阪を拠点にしたスパイスカレーが一大ジャンルを成す。今やその勢いは全国区に。まさに燎原の火の如く、旧来からのカレーを凌駕する勢いにも成り兼ねないほどだ。そもそも大阪で流行したスパイスカレーは、インド料理のカレーや英国風のカレーを再現するというよりは自由度をかなり持っていた。和だしを用いたり、あいがけにした一皿に仕上げたりと、旧来のカレーと比べて個性的である。濃厚系より軽くさらっとした仕上がりで、あいがけにしているものが多い。それらを混ぜて変化を楽しむといった面白さも加味されていたのだ。アチャール、サブジ、ダルといった副菜を少しずつ組み合わせる構成も受けた要因かもしれない。一般的なカレーとの最大の違いは、ルゥで作るカレーよりは香りと混ぜ方を楽しむものになっていると表現した方がいいのかもしれない。
何はともあれ、大阪の街中では雨後の筍のようにスパイスカレー店ができていると言っても過言ではないだろう。「大阪には沢山あるのに、なぜか阪神間には少ない」_、よくカレーファンからそんな声が聞かれた。ならば西宮の人気店を紹介しようとばかりに「名料理、かく語りき」では、阪神今津駅前の「スパイスカレー ボマイェ」を取材する事になった。きっかけは、前回登場した「有頂天」の北野公一郎さんの話から。北野さんは、スパイスカレー好きで「ボマイェ」にもよく通っているらしい。「この取材にてカカオ醬でカレーを作ろうとしたところ、『居酒屋なのに?』と言われたそうでやめた」と話していた。そんな事を言いそうな人物が「ボマイェ」の店主・内山宏太さんで、北野さんとそのような話ができるくらい仲がいいようだ。「ならば、この創作の苦しみを内山さんにも分け与えたい」と北野さんが言い出し、今回の取材と相成ったわけである。
「ボマイェ」は、説明がいらぬくらい場所がわかり易く、阪神今津駅南口を出たらすぐ前にある。1階が整骨院でその2階の窓に“鮮魚と焼き鳥”と書いている所が目的の「ボマイェ」だ。どうやらこの店は二毛作店で、昼はスパイスカレーの店として、夜は居酒屋的な店として営業している。店主の内山宏太さんは、かなり体格がよく、北野さんの友達だから元はアメフト選手かと思いきや、「実は私はプロレス好きです」と笑っていた。本気でプロレスラーを目指した頃もあったらしく、高校時代はプロレスのジムにも通っていたそう。店名の「ボマイェ」も中邑真輔の必殺技・ボマイェから命名している。



「この店をやり出してから10年ぐらい」と言うが、内山さんはこれまでにも焼き鳥屋やラーメン屋など多彩なジャンルの店を所有していた。もともと料理経験は一切なかった人で、20代半ばまではバンド活動に専念したという。音楽に一区切りをつけようとラーメン屋で働いたのが最初の飲食業経験だった。「次に焼き鳥屋に面接に行ったんですが、店の方でもこちらの雰囲気を見抜いてか、面接で落とされました」。その落選からくやしさも伴ってか、「どうしてもここで学びたい」と直談判して、焼き鳥屋で働く事に。内山さん曰く「焼き鳥屋で仕事への向き合い方を一から叩き込まれた」そう。やがて内山さんは独立を果たし、初めは西宮の浜側で焼き鳥屋をオープン。その後、摂津富田でも同様の店を開いた。今津ではコロナ禍前までラーメン屋もやっていたらしい。色んな店を開いたが、それらを閉めて今の場所に居酒屋をオープン。当初は夜だけの営業を暫く続けていたと話していた。
ところが、人の問題など色んなトラブルで行き詰まり、内山さんは飲食業自体が嫌になって来た。考えた挙句に一旦事業を閉じてしまおうとさえ思ったらしい。「最後にやり残した事はないのか?」自問自答を繰り返すうちに出て来たのがカレー店だった。内山さんは、昔からカレー好きで、カレー店ならワンオペレーションでも経営は大丈夫そう。ならば、好きなカレーを商売にし、それで駄目ならやめてもいいと考えた。そう思うと悩んでいた事から解放され、続けるのが楽しくなって来たという。大阪にはスパイスカレー店が幾多あるものの、西宮にはほとんど見かけない。ならば自分流のスパイスカレーを開発し、それで勝負してみたいと思うようになって行った。大阪のスパイスカレーを食べ歩いて研究すると、その食文化性が自由である点に気づいた。「まるでクラフトビールのような感覚で、自分のバックグラウンドにあるものを投映して作ってもいいのだと気づいたんです」と内山さん。目標は九条にある「アアベルカレー」で、その旨さや見ために近づけようと考えているうちに徐々に変わって来て、いつしか内山流のスパイスカレーが出来て行った。


内山さんが目指したのは、分かり易さ。一口目で旨いと思えるスパイスカレーを作りたかったそう。特殊なスパイスやハーブを使わず、スパイスカレーの入門編となるものを提供したかったのだ。西宮は阪神間の中間地点で、東の大阪は今やスパイスカレーの聖地に。片や西の神戸は在留インド人も多く、現地糸(インド料理のカレー)が根強い。そんな真ん中の西宮では、現地(インド)と欧風の間のカレーで勝負し、初めてスパイスカレーを味わう人が気軽に楽しめるものにしたいとコンセプトを据えた。「私は昔からカレー好きだったので現地系も欧風もどちらも好きなんです。スパイス使いや香り、フレッシュさは現地系から考えていて、濃厚さや熟成度合いは欧風から学ぶといった点でカレーづくりを進めて行きました」。内山さんは、焼き鳥をやっていた経験から鶏に対しての知識がある。ならば、鶏を用いたスパイスカレーにするのも面白いと思いつく。そこで出来上がったのが「ボマイェ」が誇る三つのタイプのもの_、鶏の時雨カレーと親鶏のキーマカレー、塩麴チキンのカレーだった。当然大阪のスパイスカレーに準じているので、これらのあいがけが売り。3種にするのか、2種にするのかで値段は変わるが、これに揚げ野菜が付いて違った価格が構成されてまさにお好み次第というわけ。トッピングにはチキンカツタルタルや半熟蒸し鶏、黒焼き増量、パラぺーニョピクルスがある。「スパイスカレーのあいがけはこの辺り(西宮界隈)にはなく、混ぜて食べる事も知りません。ならばその入門編になればと思って作っているんですよ」。内山さんが言うには、「もともとカレーの知識が深かったわけでもなく、どこかで修業したわけでもない。ずっと鶏を扱ってたから鶏肉を使ってメリハリつくように作ったらこのようになった」そうだ。
「ボマイェ」としてスパイスカレーを出すようになり、わりとすぐに西宮のグルメブロガーが来店して紹介してくれ、それから色んなブログでこの店のカレーが載るようになった。するとんとん拍子に事が進み、「ぴあ」が発行する「究極のカレー2021」本で、新店部門の準グランプリを獲得。それを機に京阪神エルマガジン社の各雑誌からも取材を受けて掲載された。2024年に「カレーまぜそば」が「究極のラーメン2024関西版」のバラエティ部門準グランプリを受賞している。2022年には阪神百貨店で催された「スパイスカレー博覧会」から声がかかり、出店したら全日完売。翌2023年に毎日放送主催の「はらぺこサーカス」にも出店、「カレーEXPO」には2020年から2022年まで出て計2000杯を売った実績を持っている。さらに2022年に西宮市のふるさと納税の返礼品にも選ばれているのだ。こういった輝かしい実績を内山さんは「夢だったものが叶った」と謙虚に振り返り、「やめなくてかってよかった」としみじみ話してくれた。
醤油を前面に持って来て味を締める



さて、私の取材の本論は、従来からある「ボマイェ」のスパイスカレーではなく、湯浅醬油・丸新本家の商品を使用しての創作にある。「有頂天」の北野さんが、内山さんに託した苦業(⁈)というやつだ。内山さんが取材用にと考えてくれたのが「煮干と親鶏のだしカレー」(仮題)だ。ここには「赤みそ」「金山寺味噌」「樽仕込み」「カカオ醬粒タイプ」が使われていた。「ボマイェ」では、年に一回くらいだしカレーを出しており、その派生バージョンとして年越しカレーそばも提供する。今回も煮干と親鶏でカレーを作っているのだが、醤油(樽仕込み)を前面に持って来る事で香り・旨み・塩味を感じて味が締まる効果を狙っている。「醤油が入る事でカレーの輪郭がはっきりします。よりだしを感じ易くなって香りも捉え易くなります。醤油がないと不思議とぼやけてしまうんですよ。使用した『樽仕込み』は高級感溢れる醤油で、火を入れて香りが飛んだら勿体ないので寸前まで入れませんでした。まろやかさより締める効果が欲しかったんですよね」と内山さんが説明してくれた。
「カカオ醬」は副菜用に使った。「カカオ醬油と揚げバナナの地三鮮」がそれで、野菜を味噌炒めにし、「赤みそ」を豆板醤の代わりに使い、「カカオ醬」を豆豉に見立てて作っている。内山さんは「カカオ醬」を試食した時に豆豉のような感じに思ったそう。「豆豉を用いると、コクが出て味が長く持つんです。冷えても存在感があるんですよ。『カカオ醬』に豆豉的な役割を持たせて使ってみようと思いました。『カカオ醬』は繊細で火を入れると香りやその特徴が飛んでしまいそうなので、オイルにして仕上げに掛けたんですよ」。豆豉っぽい使い方はベース音のような低音の良さがあるので…と言っていたが、ここは元バンドマンならではの感性なのだろう。「赤みそ」とチリ(辛くないもの)、にんにく、生姜を合わせた地三鮮に、素揚げしたバナナをさっと炒めて付けている。「金山寺味噌」自体にキュウリやミョウガが入っているからとアチャールのようにしてカレーに添えていた。「金山寺味噌は仕上がっている。調味料にするのはおこがましいと、あえてアチャールのように使いました」。内山さんは、この取材用カレーを創作するにあたって、あれこれと頭の中で設計図を作って試作に臨んでいる。着手したらイメージ通りに仕上がったらしいが、「カカオ醬以外は…」と但し書きを付けていた。流石にどこにもない調味料なので、スパイスカレーの旗手とて、どう使おうか試行錯誤したのかもしれない。「カカオ醬」は、どこにもないものなので、まだ使い方が定まっていない。「名料理、かく語りき」こそが、その使用法の模索例なのだから内山さんが悩むのもおかしくはない。取材用の「煮干と親鶏のだしカレー」は、サラサラして優しい味わい。野菜も沢山あって食べ易い。何となく和の雰囲気を有している点が気に入った。



実は「ボマイェ」の取材は、8月末のまだまだ暑い時季に行ったのだが、気候を見図らって内山さんがユニークな一皿を作ってくれた。それは、暑い日にはぴったりな「冷やしカレー」。カレーは、宮崎の冷や汁からヒントを得たオリジナルで、「ボマイェ」では時折りスポットで限定カレーとして出すようだ。この「冷やしカレー」には、低温調理した蒸し鶏、味玉、鶏の黒焼き、鶏の時雨カレー、自家製ガリ、柚子胡椒鬼おろしぽん酢、玉ネギのマリネ、キャベツのピクルス、スダチが添えられており、スダチを潰しながら食べると、酸味と柑橘系の香りが加わりより味わい易くなる。内山さんによれば、「冷たいカレーは香りが出ない」そう。ならばスダチの柑橘系の香りが付けばいいかと使っているのだろうか。「レモンよりスダチの青々しさが、このカレーには合うんですよ」と話していた。「ボマイェ」では、食べ易さに遊び心を加味して時々このような変わったカレーを出しているのだとか。「昨年は鰹の叩きでやったんですよ」と言いながらこの手のカレーの好評ぶりを教えてくれた。内山さんは、「冷やしカレー」を宮崎の冷や汁から着想した。「冷や汁には先人達の知恵が宿っているので、そのカレー版も面白いかと思って」と作ったそうだ。当然ながら「冷やしカレー」だから冷製。冷たいカレーはどうかと思う人もいるかもしれないが、思いの外、上手く出来ていた。「この手のカレーを注文する人には、変わっているけど大丈夫?」と聞いてから作るらしい。「まず初心者には薦めません」と言うが、それは味がもう一つなのではなく、せっかく王道スパイスカレーを食べに来ているのに、初めから変わり種はどうかと思う内山さんの親心のようなものなのかもしれない。
私が「ボマイェ」を訪れて最初に食べた「3種のあいがけカレー」は、左側に親鶏のキーマカレー、右側に塩麴チキンカレーを配し、ご飯の上には鶏の時雨カレーと味玉が載っていた。そして玉ネギのトマトマリネと鶏の黒焼きが添えてあり、味玉の上には柚子胡椒おろしぽん酢が掛かっていた。総じて辛いわけではなく、食べ易い。オープン当初は今よりも辛かったらしいが、多くの人に食べてもらいたいと辛さは抑えたそうで、「中辛から辛口ぐらい」と説明していた。辛さは中毒性があってそれを売りにするカレー屋も少なくはない。ところが、「ボマイェ」は、あくまでスパイスカレーの入門編に位置づけているので、辛さよりも旨さにこだわりたいようだ。親鶏のキーマカレーには8種のスパイスが、塩麴カレーには7~8種のスパイスが使われているというが、その味わいは優しく食べ易い。内山さんは、自身の作るカレーを「おかんカレー」と称し、スパイスカレーの入口がココにあると言う。「ココで気に入って色んなスパイスカレーを食べに行くようになってくれれば…」と話すだけあって内山さんの親心のようなものが見え隠れして何となく嬉しい気分でスパイスカレーを味わった。
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<取材協力>
スパイスカレー ボマイェ
住所/兵庫県西宮市今津水波町2-1-2階
TEL/なし
HP/ Instagramはこちら
営業時間/11:30~15:00(14:30LO)
休み/月曜日・日曜日夜
メニューor料金/
揚げ野菜と3種のあいがけカレー 1990円
3種のあいがけカレー 1690円
揚げ野菜と2種のあいがけカレー 1690円
2種のあいがけカレー 1390円
ルー大盛り 340円
トッピングチキンカツタルタル 380円
トッピング半熟蒸し鶏 320円
トッピングハラペーニョピクルス 200円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。





















































